持続可能で「儲かる」一次産業を目指す取り組み:大量流通の弊害と食料品の二極化

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2019年2月23日付け『朝日新聞』の週末別冊版『be on Saturday』の巻頭特集は「流通改革で農業生産者を支える」1プラネット・テーブル社の開発した、農業生産者と飲食店とを結ぶ受注システム「SEND」はスマホに載っている300種の食材から午前6時までに注文すれば当日配送されるシステムなのだそうだ。年中無休・送料なし、注文は1個から可能だという。

徹底した需要予測のもと、予定価格を示して作付け前に一定量を農家に発注することもできるとというのも魅力だが、規格外品も出荷できることが多く、飲食店の買い入れ価格の8割が農家の収入。手数料は2割。直売所並みに押さえられた手数料は、生産者にとって非常に魅力的だ。

祖母の農業を手伝った経験から創業

記事によると、創業者の菊池紳さんは山形県で専業農家を営む祖母を手伝った経験から、農家のやる気をそぐ環境を痛感。農産物の流通改革を思い至ったという。規格の均質化や輸送効率が求められる現代では、一定の規格を満たしていないものや熟して柔らかくなり輸送に耐えられないものは出荷できない。中間業者が多く入るために評価も返ってこない。丹精込めて作っても適当に作っても同じ値段が付けられる。そうやって離農が進んでいく。その状況を打開すべく、農家の側に立った様々な取り組みを行っているそうだ。

祖父母の頃にこういうシステムがあったらよかったのに

高度成長期に区画整理で宅地化されるまで兼業農家をしていた家に育った僕は、区画整理後の小さな畑で自家栽培用の野菜を作る祖父母に育てられた。農家組合や農協の会報なんかも家に届くし、両親も元農協職員ということもあって農業の置かれる状況には非常に敏感だ。相続の関係で畑は更に狭まったが、現在も定年後の両親がパートに出る合間に野菜を作っているので実家に帰れば新鮮な野菜を使った料理が並ぶ。実家では肉や魚は買っても、野菜を食料品店で買うことはあまりしなかったように思う。

買い叩く仲介業者、売れない野菜

僕を育ててくれた祖父母に農業の話を聞くと、いつも仲介業者の悪口を言っていたことを非常に鮮明に覚えている。

「米や野菜の収穫をしていると、仲買人が寄ってくるんだ。こんな少量を市場まで持って行っても骨が折れるから彼らに売るんだけど、こっちが丹精込めて作ったものを、アレが悪いこれが悪いと言って二束三文で買い叩いていく。手元に残るのは売れ残ったクズ野菜(規格外品)と多少の小銭だけだ。子供を学校に行かせるには外へ働きに出なくてはやってられなかった。仕舞いには区画整理ので土を入れ替えられたり場所が変わったりして、頑張って作った土地も駄目になってしまった。農業なんてやってられるものか」。

それでも、ジジが作る野菜は美味しいよなんて褒めると、第二次大戦から帰ってから田畑の手入れをしつつ染め物屋で70代まで働いた祖父は得意気に言ったものだ。「そりゃ、お前たちが美味しいって喜ぶ姿が見たくて作っているからな。美味いだろう」。もちろん、「食っていけないから農業はやめておけ」と付け加えることも忘れなかった。

祖父母のいた食卓の思い出

あれは夏だったか秋だったか、毎日のようにトウモロコシを鍋いっぱいに茹でて何本も食べるなんていう経験は、祖父の頑張りなしには考えられなかっただろう。実家を出て自炊するようになってから値札を見るようになって初めてその有り難みを痛感した。祖父は1919年生まれだ。当時はもう介護が必要で認知症も進みかけていた。

老人は仕事をしなくなると一気に呆ける。毎朝近くにできたコンビニで買ったカップ酒と激甘のカリカリ梅などを持って一輪車(押し車)で畑に行き、野菜を育てながらデイリースポーツを読んでいた祖父。コンビニのオーナーの御婦人に「今日もお祖父さん来ましたよ」なんて言われるほど。帰りがけに夕刊フジと孫の僕らのためにビックリマンチョコを買ってくるのも日課だった。

農協で買い置きした米と祖父の作った野菜、そして生協や商店街で買ったもので我が家の食卓は成り立っていたものだ。

余談だが、祖父が外出しなくなってから——危ないから畑に行くのはもうやめてくれと父が頼んでから——しばらくして1個100円する激甘のカリカリ梅は置かれなくなった。祖父の葬儀の際に棺に入れようと市内の食料品店を探し回ったのだけど、それらしいものが見つからなかった。

舌の肥えた玄人向けと大量消費用とで二極化する食料品

記事のなかにも「「種苗会社のカタログか」と驚くほど多彩な野菜を育てる高齢の農家」という文言が出てくる。品種改良が進み銘柄の名前を覚えるのも難しくなりつつあるなか、一般のひとが買う規格化されたものと玄人にしかわからないような品種との乖離は益々広がっているように思うのは気のせいではあるまい。

仲介業者が入ることで一定の「品質」を保つことが工業的発送の強い現代では重要視される。他方、個人芸のような野菜を欲しがる人も世の中には多い。

仲介業者を介さない直接取引には大きな労力とコストがかかる。だから普及しなかった。市場の卸業者が馴染みの客に「こんなものが入ったんだけど、どう?」なんて言って訊ねて初めてマッチングが成立したりする。そういうことがなければ、『グ・ラ・メ!〜大宰相の料理人〜』(西村ミツル/大崎充;新潮社)などで描かれているように自分で全国を巡って生産者を探さなければいけないだろう。

グ・ラ・メ!~大宰相の料理人~ 1巻
青年, ブック, マンガ/グラフィックノベル, マンガ¥470西村ミツル & 大崎充

生産者の頑張りが報われる持続可能な一次産業を

土壌や水質だけでなく気候変動など客観的な要素も多い農業。いくら頑張っても安く買い叩かれ、報われることがない。プラネット・テーブル社の取り組みは、そういう社会に大きな一石を投じたように思う。

同じように儲からない漁業においても、個別漁獲割り当て(IQ)制度を導入した佐渡・赤泊のエビカゴ漁2のように新しい取り組みが行われているようだ。

一次産業が生産者の頑張りが報われる持続可能なものとなれば、ひとの流れは大きく変わるだろう。そんな社会を夢想しつつ、新たに生まれた希望の萌芽を応援していきたい。

リンク

  1. Web版『朝日新聞デジタル』の該当記事は、1面「 (フロントランナー)プラネット・テーブル社長、菊池紳さん 流通改革で農業生産者を支える」、3面「(フロントランナー)菊池紳さん 「作り手をもっとリスペクトする社会に」 」。
  2. たくさん獲るのをやめたら、儲かって休みも増えた。佐渡のエビ漁に見えた希望(Gyoppy)

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