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「恋ダンス」動画削除要請について考える

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星野源さんが歌うテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の主題歌「恋」に載せてその振り付けを踊る、いわゆる「恋ダンス」。

当時のケネディ・米駐日大使も動画を投稿するなど、2016年の日本で一大ブームを引き起こしたことは記憶に新しい。

この「恋ダンス」を一般人が踊っている様子を投稿した動画について、レコード会社ビクターエンターテイメントが動画削除の手続きを始めたことが波紋を呼んでいる。

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ビクターは期限付きで利用を認めていた

読売新聞の報道1などによると、「一定条件を満たす場合は(2017年)8月末まで曲を使った動画の発表を認めてきた」が、「期限が来たので自主的な削除を求めた」ということだ。

確かに、星野源さんの公式サイトには、「星野源「恋」に合わせて踊る“恋ダンス”動画に関するお願い」というタイトルで以下のような記述がある。

<星野源「恋」の使用について>

以下のすべての条件を満たしている“恋ダンス”動画については、2017年8月末日までは、弊社より著作権法に基づく動画削除の手続きは行いません。
しかしながら、2017年9月1日以降は、弊社基準に従い手続きを行う予定ですので、2017年8月末日までにお客様ご自身で“恋ダンス”動画の公開中止・削除を行っていただきますよう、お願いいたします。

1. お客様が個人・非営利を目的として “恋ダンス”動画を制作し、公開していること。

2. 使用される「恋」の音源は、お客様がCDや配信でご購入いただいた音源であること。

3. 動画で使用されている音源の長さがドラマエンディングと同様の90秒程度であること。

ビクターエンターテイメント側としては、「踊ってみた」動画の投稿は著作権法上の問題があるが、条件を守っている非営利のものに関しては期限付きで利用を認めるという趣旨だったのだろう。

動画の尺に上限を設けた上に営利目的や宣伝・販促目的での利用をNGとするなど、非常に厳しい制限の下で許可しているということのようだ。

現行の法制上では著作権者の許諾を得ずに個人レベルを超えて著作物を利用することは禁止されているのだから、この対応は間違っていないだろう。

違法な動画は版権保持者の権利を侵害しているのだから削除を要請するのは当然のことだ。しかし、本当にそれは「正しい」ことなのだろうか。

少し立ち止まって考えてみたい。

動画削除でCDの売り上げは伸びるか?

インターネット回線の高速化も手伝って、2000年代後半から2010年代にかけて一般人が動画投稿サイトに自らが撮影したものをアップロードするのが非常に容易になった。

CDやカラオケなどの音源に載せて、「踊ってみた」「歌ってみた」「弾いてみた」というタイトルで自らのパフォーマンスを披露するという動きもその一つである。

一方で、動画投稿サイトは著作物を無断で複製したものをダウンロード可能な状態にするという機能も持ち合わせている。

こういった状況が著作物の販売に影響を与えているのではないかという疑念を受けて2012(平成24)年10月に著作権法が改正され、(アップロードに加えて)違法配信物をダウンロードしたりコピーガードを解除してパソコンなどに取り込んだりすることが刑罰の対象に加えられた。2

実際に違法コンテンツが原因で売り上げが落ちるのだとしたら、この対応でいいだろう。

その後「CD売り上げ」は伸びず3、時代はApple Musicなどの定額聞き放題サービスへと移っていく。曲単体に課金するのではなく、サービス全体の利用料を再生数に応じて配分する仕組み。単価は必然的に下がるものの、コンテンツ単体に課金しない層からも収益を得られるのが定額配信のメリットと言える。

CDの売り上げは伸びなかったが、合法的な定額配信サービスを通じて収益を得る仕組みが整いつつあるというのが現状だろう。

もっとも、定額配信サービスに含まれない曲は非常に多く、漏れている曲に関してはどうなんだ?という批判4はあってしかるべきだろう。

コンテンツ単体に課金しないライトユーザーはラジオのリクエスト番組などでエアプレイを楽しむのだろうが、採用されなければ(合法的に)聴く機会を失うだけとも言える。

著作権者の収益になる仕組みもある

CDや配信曲を購入しない層が定額配信サービスから漏れている曲を買う可能性は非常に低い。残念なことだがそれが現実だ。

懐が潤っていればそういう余裕もあるだろうが、年収300万円ですら厳しいとされる現在では、(無料の)動画配信サイトのコンテンツを収益化する方が合理的な選択といえる。

大手配信サイトのYouTubeは、コンテンツ所有者が広告収入をアップロードしたユーザーと分配する選択のできるContent IDというシステムを導入している。内容が相応しくなければ動画全体をブロックすることもできるが、基準を満たしていれば収益化した方が得策だろう。

しかしながら、「内容が相応しくなければ」という条件をつけるとなると、無論、それをチェックする人手が必要だ。

旬が過ぎて広告収入が乏しくなると、その作業にかかる人件費がかさむことによって赤字になることも考えられる。再生数の減少に合わせて動画の新規アップロード数も減少すれば問題は少ないだろうが、思い出したように動画を撮ってアップロードする人が続くと仮定すると、今後もチェック体制を保てるかどうかというのは(版権保持者からすると)不安要素になり得るかもしれない。

「XX年YY月以降は人的リソースを割けないためNG」とか、そういう区切りかたをしなければ赤字になる可能性は否めないように思われる。

「踊ってみた」動画の削除によって失われるもの

ここまで(ロクに働いたこともないくせに)ビジネスの側面から論じてきたが、「恋ダンス」動画の削除要請は文化の保存という面から見ても問題を提起できるように思う。

冒頭で「2016年の日本で一大ブームを引き起こした」と書いたが、一般人がテレビ番組を模倣した動画を自らの手で作成し投稿サイトにアップロードするという文化は2000年代後半から2010年代を象徴するものである。

「マスメディアが衰退している」と言われ始めて久しいが、この先、テレビドラマの一場面を自発的に模倣してインターネット上にアップロードするという現象も続いていくだろうか

一定数の人間が同じテレビドラマを見ていて、それを真似したいと思うようなことが続く保証はどこにもない。

加えて、「自由な模倣」というのも、人類の歴史を振り返ると、今後も続いていくと断言できない不安がある。自発的な模倣というのは、人々に自由が保障されていないとできないものだからだ。

マスメディア発のものが人間の自由意志によって拡散していく社会現象として、後世からアクセスできる状態にしておきたい。

社会現象をアーカイブ化する

マスメディアが流したものが、一般人の二次創作によって拡散する現象。

かつて同人誌などの媒体で行われていたものが、2010年代の日本では動画投稿サイトを通じて行われている。

これは一つの文化的事象であって、何らかのかたちでアーカイブしていかなければいけない。かつての二次創作物は個人宅に残されているものをかき集めなければならなかったが、現代のそれは動画投稿サイトをそのままアーカイブ化すれば済んでしまう。

これがそのまま残されれば、後世の人々が2010年代の「○○してみた」動画について調べようとしてもアクセスできる状態になっていることだろう。(二次創作者の権利の問題に立ち入るとややこしくなるので本稿では横に置いておく。)

書籍などの出版物は(火災などの事故がない限り)保存することが可能だが、動画などのデジタルデータというのは個人の所有を超えて保存することが難しい。

押入れや蔵から同人誌が出てきたというのはあっても、コンピュータから「踊ってみた」動画が発見される可能性があるだろうか。極めて低いと言わざるを得ない。

しかし、投稿された動画がアーカイブ化されたとしたら、(動画投稿サイトのサービスが終わってしまえばそれまでだが)個人所有のものと比べれば保存され続ける可能性は高いように思われる。

終わりに

話があちこちに飛んでしまった感が否めないが、著作権を保護しながら、それをビジネス化し、さらに時代を象徴する文化として保存することができれば、という思いに駆られて本稿を綴ってきた。

当該のテレビドラマ『逃げ恥』を見ておらず、「恋ダンス」に関してもNHK紅白歌合戦のほかは親類の結婚式の余興ムービーで見たくらいしかない筆者にはこのくらいの一般論でしか言葉を紡ぐことができないのが悔やまれる。

「恋ダンス」への愛が止まらない方々の熱い思いのこもった論考を待ちわびつつ、このあたりで筆を置こうと思う。

脚注

  1. ネットの「恋ダンス」動画削除を…ビクター要請」(読売新聞)。朝日新聞デジタルは『恋ダンス』動画、星野源レーベルが削除呼びかけ」という日刊スポーツの記事を掲載している。 
  2. 政府広報オンライン「平成24年10月から著作権法が変わりました」
  3. 当時の記事としては、「違法ダウンロード刑事罰適用でもソフト売上伸びず…日本レコード協会に見解を聞いてみた」(RealSound)など。売上データの一次資料にはあたっていないので、事実誤認などがあれば指摘していただきたい。
  4. 例えば、Apple Musicはアニメソングのラインナップが非常に弱い。一部タイトルは他アーティストによるカバーのみというものもあり、オリジナルを聴くにはCDか配信曲を購入するしかない。

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プロフィール
悠木貴仁(P.N.)

ブロガー、高校・専門学校・大学非常勤講師(英語)。早稲田大学卒業、上智大学大学院博士前期課程修了。修士(言語学)。

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