不幸な事故だった。脱水症状を防ぐためだったのだろう、離乳食に食塩を多く入れたことによって、乳児が食塩中毒を起こして死亡するという事故1 が起きた。朝日新聞の報道によると、容疑者は「具合が悪そうだったので塩分補給のつもりで与えたが、危害を加えるつもりはなかった」という。2
1歳児の致死量は小さじ1杯
食塩の1歳児の致死量は小さじ1杯分(5~6グラム)だといい3、大人が水分補給に加えて食塩を摂ることが推奨されている昨今では衝撃が広がっているように思う。水分というとコーヒーと麦茶ばかりの筆者も、この有り得ないくらい蒸し暑い夏の暑さに生まれて初めて(!)冷蔵庫にスポーツドリンクやイオン飲料を常備し、塩分を含んだ水分を補給するよう努めている。(仮にあるとしても遠い未来のことであろうが)もし自分が子供を授かったとして、容疑者の保育施設経営者と同じような行動を取ってしまった可能性があることに背筋が凍る思いである。
「ひとつまみの塩」で大丈夫?
さて、表題の「ひとつまみの塩」というのは、2017年7月20日付の朝日新聞東京本社14版の社会面(39面)に掲載された、「乳児に塩 どれだけ危険?」と題する記事4 に書かれていた文言である。以下に該当箇所を引用する。
死に至る恐れがあるという5グラムの塩分は、しょうゆラーメン1杯をスープまで飲み干した程度にあたる。離乳食研究家のYASUYOさんは「離乳食の量に5グラム入れると、大人でも塩辛くて食べられないはず」と指摘する。
厚生労働省は薄味の離乳食を推奨し、ガイドラインでは生後6~11カ月で1日あたり1.5グラムを目安量としている。YASUYOさんは「離乳食の味付けに塩を使う場合、パラッと入れるくらいが適量。軽くひとつまみで、だいたい0.1グラムぐらい」といった目安を示す。水だしの昆布だしでも十分に味付けはできる。(下線は筆者)
この文面を読んで首を傾げた人は料理番組やレシピ本をよく読んでいる人だろう、「軽くひとつまみ」が「約0.1g」というのはハテナが何個あっても足りないくらいよくわからない。筆者の知る定義では、「ひとつまみ」というのは「親指・人差し指・中指でつまんだ量」であり、その量は小さじ1/4程度5 になる。塩小さじ1杯が約6g 6だそうだから、「ひとつまみ」=小さじ1/4は約1.5gになってしまう。致死量には及ばないにしても、これは上述の通り厚生労働省のガイドラインでは「1日当たりの目安量」であって、水分補給時の摂取量としては多すぎるといっていいだろう。発言者の意図する数字とは大きく乖離してしまっている。
勿論、この記事は料理番組でもレシピ本でもないわけで、「軽くひとつまみ」といえば中指を含まない2本の指だろうという反論もあるかもしれない。仮に(筆者のように)間違って解釈したとしても、塩の分量を計量すれば0.1グラムを遥かに超える数字を見て、改めることだろう。
しかしどうだろうか。この記事を読んだ乳児の庇護者は「正しく」発言者の意図をくみ取って解釈できるだろうか。「軽くひとつまみ」といって0.1gを遥かに超える分量の塩を離乳食に入れはしないだろうか。筆者と同じように「ひとつまみ」=「親指・人差し指・中指でつまんだ量」と解釈して1.5gの塩を入れはしないだろうか。残念ながら所有しているキッチンスケーラーの最小表示が1gのため具体的な検証はできないが、机上の計算では全く合わない量を与えてしまうことになる。
分量の記述には単位の確認を
何も揚げ足を取りたいのではない、人命に関わることだから注意を喚起したいだけなのだ。「パラッと入れるくらい」とか、「軽くひとつまみ」といった曖昧な文言は記事の特性上相応しくない。グラム表記がわかりづらいというなら、1cc計量スプーンだとか、耳かきだとか、そういう小さいもので表したほうが良いのではないだろうか。そうでなくても、「ひとつまみ」という表現が通常の定義と異なる使われ方をしているのだから、通常は断りを入れなくてはいけない。読者の側としても、自分の知る定義で矛盾が生じることはないか、(人命に関わる限りは)注意深く読む必要があると言える。
Notes
- 捜査中の現時点では事件性の有無は不明なので、当記事では「事故」としておく。↩
- 「具合が悪そうで塩分補給を…」 元経営者が容疑否認 1歳中毒死(朝日新聞デジタル)↩
- 食塩4.5~5g摂取か 1歳児中毒死、ほぼ致死量相当(朝日新聞デジタル)↩
- 乳児に塩、どれほど危険? 1歳中毒死、体内から4.5~5グラム 傷害致死事件(朝日新聞デジタル)↩
- コトバ解説:「塩ひとつまみ」と「塩少々」の違い(毎日新聞デジタル)↩
- 読者の声:塩は小さじ1杯何グラム?(毎日新聞デジタル)↩
いずれも2017年7月22日閲覧。
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